![]() 練ってない文章の集積―svqの日記
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2006-03-19 [日]
1: [TV] 南極帰りのタロ
ゆうべフジテレビで南極物語を流しているのを一部見た。高倉健はあまり変わってないけれど、渡瀬恒彦なんか最初誰だと思っちゃった。そうかもう23年も前になるのか。カド川キライなのでそういえばこの映画をマトモに見たことが一度もないんだった。
昭和41年から43年まで、北大植物園の向かいに住んでいた。写真は1〜2歳のとき家の前で遊んでるおいらで、背後は植物園。今はかでる2・7のわきの道警本部の駐車場機器室が建っている位置で、おもいっきり市内中心部だが、昔は車通りも少なく(っつーかクルマそのものが少なかったんだけど)、当時1〜2歳だったおいらは道をはさんだ向かいの植物園の中によく入り込んでいたようだ。ツタの絡まった煙突、木製の柵やドア、独特のニオイのするジャングルのような温室・・・幼心にいろいろ印象が残っている。その思い出の中に黒くて大きなイヌが1頭いるのだが、それがあの南極帰りのタロ様だったらしいということを知ったのはかなり近年になってからだ。
タロらは昭和30年稚内生まれ。33年に昭和基地に置き去りとなってしまい、34年に生存が確認され、36年に帰国し、45年の逝去までの間植物園で過ごしていたらしい。41〜42年に遊んでもらったときはもう11〜12歳だったのか。
おいらが生後はじめて口にした言葉は「わんわん」だったらしい。それを受けて室蘭のじいちゃん(昭和44年没)があわてて買ってくれたというイヌのぬいぐるみは今でもわが家にある。もしかして、自分がはじめて口にした言葉って、タロのことだったりするんだろうか。今となっては何もわからんけれど。
2: [分類不能] ブラウンACアブダビリコールの詫びの品
去年の11月にブラウンシェーバーのACアダプタをリコールで取り換えてもらったけれどボールペンの1本すら送ってこないと書いた件について、あれから4ヶ月経ってもう忘れかけていたところに特製3色ボールペンつきシャープペンシル(インクだけドイツ製らしい)が送られてきた。まさかここ読んだわけではないとは思うけれど。笑納しときます。っはは。
3: [FOMA自立柱] あいの里に何本か立ってた
NTTからもらった配付資料の写真が立っている場所について、某掲示板で「あいの里だなあ」という人がいた。いわれてみれば背後の赤い看板はツルハで、そのむこうのマンションはあいの里教育大駅前のクリーンリバー、左のダクトがある建物はごみ圧送施設、キュービクルはNTTのあいの里RTだ。行ってみたら立ってた。でもこれ、図面通り電柱だけで12.9m、アンテナの先端まで15.9mもあるだろうか。そんなにないように思うのだけど。
「無線装置」と称するものは「OF-TRX-0(1)」と書かれていて、どうも光張り出しのTRX装置らしい。NTT局舎や本格的な基地局のキュービクルの中などにある自動販売機くらいの大きさの本当の基地局から、半径2kmほどのエリアに最大18カ所散在する自立柱のアンテナまでを光ファイバーで結び、ファイバーに電波イメージをアナログで載せて、早い話がアンテナだけ遠隔にするというもの。自立柱についてる装置は、受けた電波を光ファイバーに載せる、あるいはその逆にファイバーから来た信号を電波に変換して送出するというだけのもの。だからこの自立柱は厳密には「基地局」とはいわず、強いて言えば「基地局の子機」といったところか。
拓北駅の近くにもこのタイプのが立っていた。ひとつ見かけたら近所に兄弟がいるはずだということですな。ゴキブリじゃないんだけど。
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